• RyoFujisaki

第9回 ~~斜陽~~

世の中は移り変わっていく。続いて行くものもあれば、変わるもの、消えていくものもある。

 

「もうやらないの。今日で終わりなの。」

 

 

そう言ったのは、お弁当屋の女将さん。この日ふと訪ねたお店は、今日で店じまいだ。

 

「役場いってさ。辞めるからって言いに行ったもんでさ。足が疲れちゃってて。」

 

「寝てたんじゃなくて、横になってたのよ。転んじゃったからさ。もういいや今日は。何もやんないで横になろうと思って横になった。そうしたら立ち上がれないの。足に力がなくてさ。ダメよね、もうね」

 

「今74歳だよ。まだ若いんだけどさ。もう体力が無くなっちゃってさ。」

 

 

店舗の営業最終日。あちこちに挨拶に回ってきたという。

 

「役場いってさ。辞めるからって言いに行ったもんでさ。足が疲れちゃってて。転んだことなんてないんだけど。足がフラフラしてね」

 

「今日で終わりで、息子がなにか印刷してくれるって言ってたけどさ、仕事が忙しくてやってらんないみたいだからさ、口でゆってきたの。役場中。お店に張り紙したりとか、やらなきゃしょうがないかもね。でも個人的なことはほら、人さえいればできるからね」

 

 

お店に入ると、厨房の脇に案内された。コーヒーと、お茶菓子を頂いた。

 

「コーヒーでもいれる?座って。ブラックでも飲める?どうぞ。今日挨拶に行ったら『今日最後でしょう』って、これくれたのよ。こっちが持ってかなきゃなんないのにさ。反対にもらっちゃった。おいしいね、食べて」

 

 

先日まで営業していたお店。突然の閉店のきっかけは、病気だった。

 

「ついこないだだよ。2週間薬飲みましょうっていって、それがまだ飲み終わんないもん。突然腕がだらんとしちゃったの。倒れたりしなくてよかったよ。どこにも来なくてここだけでよかった。もう力も入ってきたし、元通りだよ。足にも来なかったね。・・・もう潮時だよ。脳梗塞やるようじゃね」

 

「ヨボヨボんなっちゃった。もう潮時。誰かにやってもらえよってお客さんが言うけどさ、下の息子はやらないって言うし、上のあんちゃんは遠くの方だし。誰もやる人いないんだよ」

 

 

・・・またひとつ、街のお店が消えていく。

 

 

「(平成)16年からじゃない?31年になるから、もう16年やったんだね。結構いろんな人に利用してもらったんだけどね。お客さん」

 

開店から毎日、定休日も設けず、毎日この場所でお弁当を作っていた。

 

「前もお弁当屋さんに勤めてたの。20年くらいいたかなぁ。そのころ、何かお店やりたいなと思ってたのよ。人に使われてるばっかりではあれじゃない。それで偶然ここを社長が辞めるっていったのね。じゃあってそこへそのまま、居抜きで入ったのよ」

 

「それからずっとだからね。長いよね。よく持ったよ。ここ2,3年がダメなのよ。あたし調子悪くしちゃってさ、売れ行きも落ちて来たしさ」

 

「多かった頃は台車に山盛り積んでさ。3台くらい。100人前は行っただろうね。そのころは忙しかったし、人数ももっと多かったしね。最近は50~60じゃないかな」

 

 

「すごいお客さん来てたのよ。前は。今は来ないけども・・・地震まで。地震ある前は来てたんだよね。あれ以来お客も減ったし売り上げも減ったし。みんなお金引き締めたんだよね。だからお弁当でも何でも買わないようになったんじゃない。会社関係だって、お弁当持ってくる人が多くなったもん。男の人でもね。お弁当作って来るって結構多いよ」

 

「これから消費税が変わってきたらなおじゃない?持って帰る人は安いしさ。店で食べる人は高いとかって言ってるじゃん。あれってどう判断するんだろうね。難しいと思うよね。時代の流れに乗ってけないよ、年寄りは」

 

 

突然閉めることになったお店。残ってしまった食材を使って、来月半ばまで卸のお弁当を作るという。

 

「辞めちゃえ辞めちゃえっていうけど、辞めちゃったら収入無くなったら・・・働きに来る人だってたたっ切らんないよなあ。みんなたとえいくらでも欲しいからさ」

 

「配達とかそういうのはもうおしまいだけど、空港の仕事だけ残してあんのよ。残飯整理しないと。冷蔵庫いっぱいじゃん。急に閉めるになったからさ。冷凍庫を少しでも空っぽにしなきゃならないって」

 

 

お弁当屋さんの近く、成田空港の売店にもお弁当を卸していたそうだ。

 

「(空港への卸しは)そんな長くはないと思ったけど、、もう4,5年になるのね。あっという間だね。一日30から40。多い時はもっとあるね。でもほら、卸だから。売店で売るわけでしょ。あちこちのお店から仕入れて、全部で1日300くらい売るんだってよ」

 

 

その売店の中でもとりわけ、こちらのお弁当は安くておいしいと評判だったようだ。

 

「・・・向こうからね、350円でやってくれって言われたの。それでね、そこに小さいお弁当があるでしょう?あの材料でもいれてくれれば、あとは安い材料でいいからってことだったの。でも350円でやるには何入れようってなったの」

 

「結果的には、580円でうちで売れる弁当と同じものをだいたい、、ちょっと1人前足んないくらいでさ、それで作って350円だから。儲けは少ないよね。全然合わないんだよ。でもさ、ついつい入れちゃうんだよね。買ったお客さんは結構入ってるから、美味しいと思うよ」

 

「安いけども、やめたら収入が無くなっちゃうからさ。19日までやって、片付けの人の日当にしようかって・・・私が材料費貰わなきゃいいんだよ。そっくりそのまま日当にすればいいんだから。

 

「手伝ってくれる人だって、タダじゃ嫌じゃん。朝(弁当作りを)やっとけばほら、日当が出るから。毎日あるしね。だいたい3人か4人だね。配達があったから。息子もよく配達してくれたね」

 

 

注文があれば、お弁当1つからでも配達をしていたそう。そんなお弁当、材料にもこだわって作っていたそうだ。

 

「安い材料は使わなかったつもりだよね。ブランド米が美味しいっていうけどさ。他でも変わりゃしないよ。でも農家のお米直接だと美味しいんだよね」

 

 

厨房の中。冷蔵庫に、日替わり弁当のチラシが貼ってあった。

 

「1ヶ月に1回ずつ変えてたんだけどさ、このところ変えてないんだよ。そのうち、辞める話なんかが出てきてさ。辞めちゃうんだからいいよって。で、変えると売れるんだけど、買えないと古いような気がするんだろうね。そんなに変わらないんだけどさ。でも気分的にさ、変えたほうが新しいメニューの方がいい気がするんじゃない?」

 

「うちなんかも日替わりが430円で売ってるんだよね。すると日替わりが出るよね。やっぱり安いから・・・最初に決めた通りの値段でさ。今はどんどん物価高になっちゃってね」

 

「『息子に継いでもらえよ』とかいうけどさ、今は誰かに継いでもらうほど景気良くないんだよ、今ね。やっていくのが容易じゃないじゃない。モノが高いし。不景気だよね。うちばっかりじゃないと思うけどね」

 

「お米だって(一俵)13000円くらいで買えた時もあったでしょう?米だけが高いんじゃなくて、何でもそうなのよ。知らないうち知らないうちに追い詰められちゃうよね。よっぽど上手にやらないとさ。もう1,2年早く辞めればねえ・・・でも16年もやったんだって、素人が。信じられないじゃない」

 

 

16年間営業を続けた女将さん。お店が片付いたら、病気の療養をされるとのこと。

 

「・・・調子悪いから、このまま入院しちゃおうかなって思ってるんだよね。入院しろ入院しろって言われてるし、手もしびれちゃってるしさ。腰が曲がってるんだって。それで骨が出っ張ってるから、そっちから痺れが来てるんだか、糖尿病の方から痺れが来てるんだかわからないからね。入院して検査して調べた方がいいって言われてるんだけどさ。ここが片付かない限りは入院できないよ」

 

 

ふと目をやると、お店の看板が上がったままだ。店名について、女将さんに尋ねた。

 

「いろいろ考えたんだけど・・・私の名前が一番いいってことになっちゃったのね。この名前なら長続きしますよって言うからさ。じゃあそれでいいやっていったの」

 

 

女将さんの名前が入った店名。その看板の下で、女将さんはまた口を開いた。

 

「上等だよね、自分ができないほど長く続いたらね。そうでしょ?途中でもっと、若いうちに辞めなきゃならなかったかもしれないしさ。動けなくなってやめるんだから。上等でしょ」

 

 

女将さんは、にこやかな顔でそう言った。

 

 

 


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